2017年02月02日

小説『幻庵』上巻 読中感想

小説『幻庵』上巻 読中感想
現代日本文化の源流/江戸時代の家元制度の追体験記

 百田尚樹の小説『幻庵』は、「週刊文春」2015年1月1・8号から2016年11月10日号まで連載したものに加筆した作品である。囲碁ファンにとってはたまらない江戸時代囲碁界の追体験ドキュメンタリーと言ってよいし、現代日本文化の源流として、家元制度とは本来どういうものであったかを知るには絶妙の教養書である。

 何より囲碁対局の描写が棋譜や解説を交えて丁寧であり、さながら対局中継を見ているかのようである。膨大な量に上るこの時代の対局棋譜と解説書(幻庵著『囲碁妙伝』、丈和著『国技観光』、『坐隠談叢』等)を百田が詳細に調査し、プロ棋士に取材したコメントもふんだんに記載されている。この時代の日本囲碁のレベルは発祥の地とされる中国を遥かに凌駕しており、囲碁は寺小屋(義務教育)の教科であり、国技だったのである。

 上巻では、幻庵の師匠服部因淑と丈和の師匠元丈の全盛期の物語から始まり、やがて入門してくる天才少年吉之助(後の幻庵)と遅咲きの松之助(後の丈和)の生い立ちやライバルたち(奥貫智策、桜井知達ら)との葛藤が描かれ、両人がそれぞれ井上家、本因坊家の跡目を相続して御城碁に出仕し、初対戦するまでのストーリーが展開されていく。日本囲碁史には好勝負を演じたライバル関係の碁打ちは数多くいるが、幻庵と丈和ほど、闘志と敵意をむき出しにして戦った二人はいない。

 江戸時代の碁と現代の碁が決定的に違うのは、持ち時間である。家元の碁打ちたちは碁を芸とみなしていたから、「時間」に制約をつけるようなことはしなかった。正確な時計がなかった事情もある。だから難しい局面では、いくらでも考えることが許された。現代のトップ棋士たちが江戸時代の高手の碁を見て、「とてもこんな碁は打てない」と嘆息することがあるのは、そのためである。特に自分の人生を賭けた一局、家の名誉を賭けた一局では、負けたくない一心で考えに考えることがよくあり、打ち掛けにして食事を取ったり、翌日以降に持ち越すことがよくあった。

 上巻での最大の天王山は、文化十二年(1815年)1月8日、稲垣有無翁宅で打たれた葛野丈和と服部立徹(後の幻庵)の一局である。著者の百田は、この碁を二人の明暗を分けた大試合であったと評する。丈和が負ければ本因坊家跡目の道が途絶え、本因坊家の跡目として立徹(後の幻庵)養子入りが最有力となり、賭け碁打ち(現代のホームレス)に陥落するかまだ踏みとどまるかという人生最大のピンチのカド番であった。序盤に失敗した丈和は考えに考え抜いてチャンスを待つ。もう人生のトドメを刺されるのを待つしかない形勢であったが、ここで立徹の油断により大失着が出てしまう。立徹自著『囲碁妙伝』では、「今川義元の油断に彷彿たりというべきか。笑うべし。笑うべし。」とある。まさに桶狭間である。この碁に大逆転勝ちを収めた丈和は、なんとか持ちこたえてやがて立徹に勝ち越し、本因坊家跡目の許可を得るのである。そして天才立徹には井上家養子入り跡目相続の話が舞い込む。こうして両名とも家元となって、初めて御城碁に出仕する。ここで上巻は終わるが、ここからが二人の死闘の始まりなのである。

(下巻に続く)


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2017年01月28日

トランプ大統領 考

トランプ大統領 考

会う人ごとにトランプが嫌いとか怖いとか、日本に不利益となるとか、トランプ新大統領の評判が悪い。アメリカでの支持率は45%しかなく反トランプ派による嫌がらせが絶えないようである。

日本車が売れるのはアメリカのユーザーが好んで選ぶからであって、それを悪とするならば、購入したアメリカ人を批判すべきであって筋違いも甚だしいという意見はもっともだと思う。また、日本でアメリカ車が売れないのは、大型車は日本の狭い道路では運転しにくいからであって、日本の事情に合う商品開発をすれば良いだけのことであり、BMWのように外車でも売れている車があるのに、日本市場の閉鎖性を根拠に批判するのは時代遅れも甚だしいという意見ももっともだと思う。

しかし、それではお互いにすれ違い日米の関係は悪化するばかりである。もう一歩引いて、なぜアメリカ人(トランプを支持する主に白人労働者層)がそのような日本嫌いになったのかを、彼らの立場になって考えてみようではないか。

想像してみよう。自動車の工場が立ち並んで栄えてきた自分の町が廃墟になり、今では誰も住まなくなったという情景を。ふるさとを失った人々の思いを。自分たちの作った車よりも外国(日本)の車を買うアメリカ人が増えるのを、失業して見つめてきた日々を。

その車はユーザーの使い勝手が良く、燃費が良く経済的であり、かつ環境に優しい。日本人はお金になることには優れて利他的であるが、儲けた後は自国の家族本位で、アメリカ人の家族のことなど知らぬ顔の連中である。つまりは使い勝手の良い鉄箱をアメリカにたくさん持ち込んで道路を満たしたのちには、アメリカの富を自国に持って行き、アメリカ人の文化がどうなろうと関係のない人々なのである。

一方アメリカ人はというと、日本文化をどれほどアメリカに受け入れて許容してきたことか。どれほどアメリカという国が他国にオープンであったことか。これではまるで泥棒たちに通行許可を与えてきただけではないか。いや泥棒というほど日本人はマナーは悪くない。むしろ最高級のマナーを持った連中だ。だからそれは詐欺というべきか、日和見で従順なルーピーというべきだろう。一見良心的に見えるからタチが悪い。結局は相手の心に入りこんでくる。まるで隙がない。でも結果から見ると見事に稼がれてきたし、アメリカの自動車産業は壊滅させられてきたのである。

文化の違い、肌の違いとも言える。であるならば、アメリカはもっと自国民の文化を大切にしようではないか。こう思うのは当然の流れだ思う。

もう一点、日本人が気付くべきこと。アメリカ人から見ると、中国人と韓国人と日本人の気質は近く感じるということ。さらには、エイジアンというひとくくりで見るとき、イスラム圏すらエイジアンであるということ。この感覚を理解すること。日本人にはぞっとする話だけど、これが現実だというところから考えてみましょう。

でも、考えてみてごらん。日本人はTPPに反対したり不安を語っていたじゃないのかな? イラク戦争への自衛隊派遣に不安だったのじゃないかな? 対米従属が行き過ぎていると感じてきたのじゃないかな? 今まで日本人が散々、アメリカの行動や国内がアメリカナイズすることを行き過ぎだと感じてきたはずですよ。そのことはアメリカ人自らも逆の立場で「何かがおかしい。」と感じていたということ。

「今までが行き過ぎていた。」という観点からトランプ大統領を見つめ直すと、これからは日本にとっても、日本人にとっても悪いことばかりじゃないと、私は思うよ。

さらに今年は、フランス大統領選挙、ドイツ首相選挙があります。イギリスのEU離脱もあり、ヨーロッパの動向が注目されます。


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2017年01月03日

謹賀新年

明けましておめでとうございます
今年も穏やかで健やかな一年となりますように
お祈り申し上げます

合掌

平成二十九年 丁酉  


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2016年12月02日

小学校のタブレット授業

日常に感ずる未来縮図

小学校のタブレット授業


小中学校の初等教育におけるICTの導入については、文部科学省、総務省が率先して一人一台(PC、iPAD)を採用する自治体が出てきているようです。あるいは、コンピュータ室を持つ小中学校が出現し、民間企業と連携した実証試験授業が各校で繰り返されているようです。高校、大学や学習塾、予備校でのICTの活用は進んでいるものの、初等教育では教師と児童の対話の重要性が高く、まだまだこれからというところでしょう。

ICT技術は具体的には、画像や動画を用いる科目、音声を用いる科目、動きを伝える科目などに適しており、算数(図形)、英語、物理、生物、宇宙天文、地学、地理、音楽、美術などでは実用化も部分的に進んでいるようです。一方では、紙書き単純計算練習や板書などの労力節減やミス防止などでも効果があると個人的には思います。やがては手書きノートの時代は終わるのでしょうか? 書道や習字など文字を書くという文化、すなわち紙の文化が衰退するのでしょうか? 漢字書き取り練習は将来も継承されるでしょうか?さらには手書き回答型のテストは無くなるのでしょうか?

私個人としては、現在の幼稚園や小学校授業を体験しておりませんが、公文塾会場を18年間開いてきた経験もあり、囲碁レッスンにおいては、幼稚園児、小学生と延べ200名以上と30年間接してきておりますし、現在ではインターナショナルスクール(海外授業)生徒と接しておりますので、自分なりに感じていること、考えていることを以下にまとめてみました。(公文や囲碁のPRも含まれている点、ご勘弁下さい。)

公文塾では、小学校での英語授業開始を見据えてeペンによる英会話テストをいち早く導入して好評を得ています。ペンを耳にあてると世界標準の英会話が聞こえますので、それを聞いて発声したり、質問に答えたり、書き取ったりします。日本人教師の話す英語では海外では訛り言葉になってしまうこともあり、あるいは欧米人教師の英会話に慣れたとしても(日本人の英会話よりはマシでしょうけど)、英米豪欧など地域や国によりイントネーションがかなり違うために、標準英語会話(英国標準)に接するのはICTが最も適している事例であると言えます。

囲碁においては、日本棋院が学校普及事業(現在では親子伝統芸能教室事業)のためにタブレットやiPAD、スマートホーン用のアプリ「囲碁アイランド」を開発して提供しており、誰でも手軽にタブレットレッスンを受けることができます。現在は幼稚園年中、年長の幼児への囲碁入門に利用しており、生徒たちはたちまちに夢中になります。石を取り上げる動きと、正解の時のアニメ、誤答の時のアニメが面白いようです。大人でも夢中になってしまいます。ゲームの画像の動的な動きの表現はタブレット授業には効果的です。これがあると入門初級者向けの囲碁教師が失業してしまうのではないか? あるいは人間がやる囲碁レッスンの回数が減り、すべてタブレット授業でいいのではないか? という懸念もあるわけなんですけど、そうはならないのは、タブレット授業ではできないものがあるからなんでしょうね。AI相手の問題回答や対局と人間相手の問題回答や対局では、決定的に違いがあるからなんでしょう。そこのところを最近探っていくうちに・・・・
ついに、気が付きました。


「意思がない。」(石との洒落ではないですけど・・・)

これに尽きます。逆に言いますと人間が正解を得ようとしたりゲームに勝とうとするのは意思があるからなんです。人間の感情をAIが表現したり理解したりすることは可能なのは凄いことですけど、根本にある意思が現状の第三世代AIではないことが決定的に違うんですね。

哲学的には「主観的思考がAIにできるか?」ということだと学びました。


つまりは、人間教師がやる授業には意思があるから違うんですね。AIやICT授業は便利で感情的にも楽しくて効果的なんですけど、何のために学ぶのか? 何のために勝ちたいのか? 何のために優れた人になりたいのか? その動機たる意思は、人間にしかないですし、人間同士ならではの動機付けがあるんですね。仏教でいう因果因縁ということです。キリスト教でいうと「愛」ですね。

機械にはそれがない、というか機械ならではの動機や意思はあるんですけど、そこが人間とはあまりにかけ離れているのです。すなわち機械やAIの持つ動機や意思とは、電池が切れたとか、プログラムが35階層だとか、枝分かれが1憶通りだとか、そういう条件づけという因果因縁なんですね。その大本を人間が条件づけしています。もちろん条件付けする人間がAIの出した知見に影響を受けているとしたら、そこには人間を介した機械同士の因果を含む現象が起きていくことも否定できません。そして、やがては人間を介しない機械だけの因果が出来上がってしまうのではないか?  その因果が人間には理解できなくなるというシンギュラリティ問題があって、だから人類を滅ぼすと危惧するホーキング博士のような天才の警告もあるわけなんです。


もちろん、人間の主観とは何か? という哲学的問いも文明が始まってからずうっと考えられて続けられているので、主観の定義がAIによって変わる時代も起こりうるのかもしれませんし、その前に人類はAIのスイッチを切ってしまうのかもしれません。



原発とAIがとても似ているのは、便利で優れているために、依存してしまうと辞めることができなくなってしまうということです。例えば、原発を廃炉にするにしても核燃料の処理処分ができない状況ですとか、AIが動かいないと治療中の患者が死んでしまうとか、交通がマヒするとか、そういうレベルまで科学文明に依存してしまいますと、スイッチを切るのもイバラの道になりかねません。

最も怖いのは、スイッチを入れたままでも滅亡の道、スイッチを切っても滅亡の道というところまで依存してしまうことでしょう。

スイッチを入れるのも切るのも人間の主観ですね・・・・。

取り留めのない雑感で失礼しました。
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2016年11月05日

日常に感ずる未来図

日常に感ずる未来縮図

新聞の未来

次に節減対象になったのは、読売新聞の配達です。道新と日経は実家で配達を頼んでいるのでタダで夕方読んでいます。朝のベッドで新聞紙を広げて読むゆとりは私の生活では欠かせない習慣だったのですが、最近はカード決済で止めたり再開したりすることが容易になり、毎月約4000円の経費削減のため辞めてみました。こうして体験することになったタブレットニュースを読む生活は、紙を読むよりもはるかに情報の質と量に優れていることを知ってしまいました。今まで新聞紙派だった私としては驚愕の至りです。

タブレットでも読売新聞記事の簡略版は読めますし、何より主要新聞各社の記事を読者の興味に合わせて見出しを並べて一覧できることは素晴らしい! 情報の詳細が落ちるかと思いきや、逆でした。多数の新聞簡略版を並べて読む方が一社の詳細版よりはるかに情報の詳細度が深まるのです。これは新聞各社に競争原理が働いているためだと思います。各紙は他社を抜くためにある特定ネタのネット特集をしていることが多く、そこだけ食いちぎって多数新聞を読めば良いのです。産経の右ネタ特集を読み、朝日の左ネタ特集を読めば情報量は一社詳細読みよりも深まりますし、何よりも視野が広がります。タブレットニュース読みに慣れた今、「現代の新聞紙は意見が多くて情報が少ない。」ことに気付きます。意見であるならば、多数紙を比較するのが良いですし、タブレットで専門家のブログを読んだりするとさらに考えが深まります。時代に応じてニュース配信アプリも優れたものが出てきています。この流れは自然現象と言うしかありません。止まらないでしょう。


スポーツ紙も然りです。ゴルフの松山の記事や日本ハムの記事にしても、多数紙をタブレットで比較読みすることでより深く広い情報を入手することができるのです。


さて、当の読売新聞販売店ですが、最初はあっさりと電話で承知してくれましたが、後日、担当配達員の若い人が携帯に電話してきて、「辞めてもいいから、あと一週間だけ配達させてください。10月の統計値が支社に報告されるために困るんです。」と遺留を迫ってきました。読売の配達を中止することが如何に困難かは過去に経験済みですが、これからどう遺留してくることやら、読売新聞をわきに置いて、タブレットニュースを読み漁る生活に慣れた私は、もう紙に戻ることはあり得ません。経費の問題というよりは、生活の質の問題です。

読売ばかり血祭りに挙げては思想的偏向と取られるので、道新についてもたっぷりと触れておきましょう。基本的に紙離れはどこの新聞社も同じです。先日道新販売店長さんと地域の会合で隣席して、紙離れの問題や道新偏向報道批判についてお話しする機会がありました。ここ5年で5000部から4000部に販売部数が落ちており、特に若い世代の紙離れは深刻だそうです。若い世代が読まないとなると、その世代向けのチラシ広告も減りますので、販売店にとってはダブルパンチとなっているそうです。その上に記事の偏向批判は販売店にクレームとしてやってくるようです。じゃあ右寄りにスタンス変えると売れるのか? というとそうとも言えないでしょうね。記事に怒っていても、新聞派の人は道新を買って読みますからね。私も時々頭に来るけど、道新は紙で読んでいます(払っているのは兄ですけどね)。いつも同じことを言いますが、政治欄を抜いた5ページ目以降のローカル情報は地方紙にどこもカナワナイです。また、よく考えてみますと、偏向報道批判というものは新聞を読んでいるからこそ起きる現象であって、元から読んでいなければ記事批判は起きませんからね。

販売店長さんが「道新記事のどんなところが腹に立ちますか?」と尋ねられたので、簡略にお答えしました。「感情論が多すぎて、科学的情報を軽んじていること。客観的科学的情報量が少ないこと。突出した偏向事例は、原発とAI(人工知能)です。」と。道新が社是として反対でも賛成でもいいのです。その根拠となる客観的情報、科学的情報が豊富であれば、意見が違っても読みたくなるものです。私が道新を田舎新聞だと感じるのは科学に関わる情報不足につきます。読者が科学嫌い、理系嫌いだから記者と記事もそうなるのでしょうけど。

文句ばかり言ってもしょうがないので、じゃあ、新聞業界の未来はどうなるのでしょうか? この話題となりますと、どの新聞社の人とでも、どこの販売店長さんとでも盛り上がります。タブレット配信がここまで進んでも紙で読みたい人はある程度は残ると思いますが、比率はどんどん下がることは確実です。アメリカのニューヨークタイムズを紙で読んでいる人は百万人を切っているそうですが、ネット読者となりますと数千万人いるそうです。となりますと、記事を作る専門会社と、それを印刷する会社、紙を配達する会社、ネット配信する会社、それぞれが分かれるのではないでしょうか? それぞれが随意に契約を結んでいく社会システムに変わるんじゃないでしょうか? たとえば、ある販売店では全紙を配達するとか? 他のフリッパーのような地域情報誌やさらには書籍なども含めて配達契約を結ぶ物流会社となりうるのが次世代ではないでしょうか。記事作成会社も専門分野ごとに下請け群ができるかもしれません。あるいは印刷会社も多数新聞の受注を一手に受ける巨大装置企業になるかもしれません。記事を書く記者がどう食べていくか? 記事を編集する人(これが新聞社の核の役割)と配信する人(ネット、紙を含めて)との随意契約になるやもしれません。私が考えるまでもなく、すでにそういう現象は大手新聞社で始まっていますね。

ただ、そうなる未来では困る現象も多々あります。たとえば新聞社スポンサーの問題。囲碁タイトル戦は新聞社ごとに棋戦があってそれぞれに多額のスポンサー料を貰っていますが、これは多数紙の競争原理に基づくもので成り立ちますから、記事専門会社となると一社独占になって、タイトル数が減り囲碁界が困ってしまうかもしれませんね。逆に朝日が独占している高校野球などは、スポンサーが大きくなりいいかもしれません。これらスポンサー問題まで含めると、新聞社再編は複雑怪奇です。電力会社再編どころではない想定不能状態になります。JRとローカル線や自動車バスなどの交通体系もIoT再編が起こるのでしょう。私の基本スタンスは自然現象を前にして、人間があれくれ画策する恣意は微力でとても太刀打ちできない、ということです。なるようにしかなりません。

書籍についても類似しますが、新聞とはちょっと違うので別の機会にじっくりと考えてみましょう。


この手の話題はたっぷりとありますので、続きを楽しみにして下さい。テレビの将来、光かwifiか? 交通とIoT、タブレット授業やタブレット会計、医療診断、訴訟などの事務系分野・・・・。 未来を夢想することって楽しいですね〜  云々




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日常に感ずる未来縮図

日常に感ずる未来縮図

久しぶりにエッセイを書きます。最近は経費削減に血眼になっています。今年秋から売り上げが減って苦しくなったためですが、一方で、気付かないうちに不要な支出が増えている事項がたくさんあるためです。たとえばタブレットを買ったら光フレッツ契約が不要になったとか、新聞を紙で読む必要がなくなったとか、時代変化に対応して経費を削減していなかった放漫経営を見直しているということです。零細企業では経費を削ることは売り上げを増やすのと同じ効果があります。

私の経営の特徴は、通信と車両にかかる費用が膨れる傾向があるのと、仕事と関係の薄い付き合い会合が多く(同窓会、宗教関係、地域関係他)、費用が膨れる傾向があります。この程度の年会費であれば付き合ってよ、と言われて義理で入っている諸々の会の年会費だけ合計すると年間28万円支払っています。これは個人名義分ですからね。さらに、それぞれの会には会合があって、その都度食事代や会費、交通費がかかります。私は政治家ではありません。勘違いでしないで欲しいですね。また慈善事業であるならば、仕事で顧客を満足させることこそが最大の慈善事業だと思っております。仕事の質を上げることこそが最大の社会貢献なのです。
この機会に、もう活動していない会とか趣味とか、使用頻度が減った機器などのチェックの好機だとプラス思考に考えて、ビシバシと解約を進めています。ただ付き合いの年会費は7万円削減が限界ですね。お人善しは何もしない一生を送る、とは私のことです。

あ、このエッセイは解約の言い訳ではありません。「使わないから。」「お金がないから。」という理由に情状酌量の余地はありませんし、遺留してきたのは読売新聞だけですね。(笑)もちろん冷酷に解約しました。と書くと思想絡みと勘違いされる方がいるかもしれませんが、そういうことを書きたいのではありません。新聞を紙で読む時代が私の中で終わったということを言いたいわけです。もっと言いますと、時代変化というものは恣意的にどうのこうのしようとしても太刀打ちできない自然の摂理のようなパワーがあって、私たち一人ひとりの人間にできるのは、その先に来るべき新しい未来をプラス思考で創造してゆくことかな、ということで。

音楽配信、映画配信の未来

まず最初に節減対象となったのはUSEN(有線放送音楽配信)契約でした。これは亡き母と札幌支店長の古い縁故から始まった義理があって、なかなか解約できないでいたのですが、この際に思い切って解約しました。音楽はレコードからCDを買って聴く時代、ブックオフで買う時代、CDレンタルの時代へ変わり、有線放送で聴く時代からタブレット端末配信で聴く時代に変わっていることを最近感じていました。AWA、Sptify、Line Musicなどを今では常用しています。はっきり言って、あれだけチャンネル数の多いUSENですら、曲数不足なのです。気付いてみると聴くことが皆無になっていたのです。残るは亡き母の義理だけという状況だったので、思い切って毎月6000円ほどの支出削減に踏み切りました。USENの契約担当者のお話では、会員向けタブレットアプリ配信事業も始めたばかりだそうです。まだ、会員以外の契約ができないといいますか、タブレット配信自体がUSEN(線での配信)というシステムを否定するビジネスモデルなので、今後どういう生き残りを図るのか? あるいは淘汰される宿命にあるのか? 未来縮図の代表として音楽配信業界を注視しております。類似するのは映画配信ですね。今では、映画館で映画を見るのは音楽をコンサートホールで聴くような娯楽と言えます。映画をネット配信で観る次世代は、レンタルビデオ屋さんすらも生き残れないかもしれません。
(続く)

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2016年09月25日

ニューブライト石山入居者募集中(Wi-Fi無料!)

環境共生テラスハウス・ニューブライト石山/Wi-Fi無料

J:com in my room 対応(地デジTV、BS、CS、インターネット)
スマホ、タブレット時代を迎え、Wi-Fi プラン を追加しました!
従来のJcomインターネット(有線)プランに加えて、
Wi-Fi(12M ) が無料で使用できます!

5号室  ユニットキッチンビルトイン式パロマガスレンジ 新品です!
     キッチンパナソニックLED照明器具 新品です!
     パナソニックユニットバス風呂室 UW2  新品です!
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     ぜひ 内覧にお越し下さい。

15号室  窓式クーラー 2015年製 前居住者の残置物おニューで使えます!
コロナルームエアコン CWH A1814 (2015年製)備付
玄関独立式の二階立てテラスハウスです。

     車2台駐車可、ペット可、即入居可! 

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問い合わせ先  
エイブル、常口アトム、アパマンショップ、札幌部屋探し
WEB検索(札幌南区2DKメゾネットタイプ)に掲載中です。

株式会社  北海道融雪研究所
TEL/FAX 011‐592‐0818
E‐mail iwamoto@momo21.co.jp
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2016年09月06日

ニューブライト石山新規入居者募集中

緑と歴史溢れる石山で暮らしてみませんか? 川あり山あり公園あり、歴史遺跡あり、の文化地域です。ただいま、下記のサイトに掲載中です。

▼札幌部屋探し(南区)
http://www.gimmig.co.jp/house/
▼札幌賃貸仲介無料情報
http://www.sapporocity-chintai.com/
■賃貸札幌info
http://www.chintai-sapporo.com/
■札幌市南区賃貸011
http://www.s-minamiku.com/
■札幌市ペット可賃貸011
http://www.chintai-pet.com/
■札幌賃貸敷金礼金なし011
http://www.w-zero.com/
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2016年08月21日

第15回依田杯全道こども囲碁大会

第15回 依田紀基杯争奪全道こども囲碁大会
於 岩見沢市民会館・文化センター
2015. 8. 20

石山囲碁道場所属の梅村櫂君がAクラスで見事に優勝! 梅村遼君がBクラスで優勝! 兄弟優勝は素晴らしい。チャンピオンクラスの吉田康平君も1勝を上げ、実力がついてきました。

依田先生、遠藤先生、岩見沢市関係者各位の熱意のおかげで、大変勉強になりました。感謝!

☆チャンピオンクラス  
優勝 嵯峨駿太郎 2位 平野稔祐 3位 太田啓夢

☆Aクラス
優勝 梅村櫂  2位 平野嵩人 3位 南部翼

☆Bクラス
優勝 梅村遼

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2016年08月06日

北海道八十八箇所/北の都札幌七福神 巡拝その2

☆北の都 札幌七福神巡拝

8月4日(木) 毘沙門天 福禄寿  隆光寺   札幌市中央区円山  
8月5日(金) 恵比寿  布袋尊  金毘羅蜜寺 札幌市西区宮の沢  
8月6日(土) 弁財天       誓願寺   札幌市中央区山鼻   

☆北海道八十八箇所巡拝

8月3日(水) 68番 招福寺 阿弥陀如来     札幌市南区定山渓 
8月5日(金) 66番 明王寺 千手観世音菩薩  札幌市西区平和
8月6日(土) 84番 観照寺 十一面千手観世音菩薩 札幌市豊平区西岡
        69番 浄徳寺 聖観世音菩薩   札幌市南区簾舞


写真説明(順に);招福寺、明王寺、明王寺小豆島八十八箇所、観照寺、浄徳寺

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2016年08月02日

北海道三十三観音/八十八箇所巡拝

☆北海道三十三観音霊場巡拝

7月31日(日) 9番 成田山 新栄寺 札幌市 不空羂索観世音菩薩
納経帳、納札を購入しました。地下の光明殿四国八十八箇所お砂踏みの堂宇荘厳は素晴らしい!新車購入の際には交通安全祈願をして頂きました。すすきの一等地にある札幌のパワースポットです。

8月1日(月)12番 空知山 遍照寺 奈井江町 千手観世音菩薩、十一面観世音菩薩
朝の最初の札所。住職奥様らしいご婦人の丁寧なご案内で本堂で読経し、境内を散策させていただきました。

13番 高野山 真言寺 深川市 如意輪観世音菩薩
住職の資延憲英さまにお会いすることができました。三十三観音の案内書をまとめた北海道の高徳です。

14番 遍照山 丸山寺 深川市 如意輪観世音菩薩
山の中腹にあり階段を上ります。境内が素晴らしい。住職の高畑さまにお会いすることができました。

15番 神楽山 春宮寺 東神楽町  十一面観世音菩薩 
夕闇迫る中、慌ただしく訪問させていただきました。もう寺務所を閉めたあとでしたが、住職夫婦らしい方が空けてくださいました。じっくりと読経させていただきました。アリナミンドリンクのおふるまいありがとうございました。お蔭さまで豪雨の中、無事札幌まで運転できました。

16番 谷口山 金峰寺 旭川市 千手観世音菩薩
都市部の中にあるインド風の新しいお堂の中で読経させていただきました。住職さまは富山ご出身の一族ということで、祖母が同じ富山出身で親近感がありました。

☆北海道八十八箇所霊場巡拝

8月1日(月)第1番 釈迦如来、 第2番 阿弥陀如来  成田山 真久寺  旭川市
都市部にある真言宗智山派(成田山)の立派なお寺です。納経帳と白衣を購入し、8月27日(土)に行われます10周年記念法要参加の申し込みを致しました。第2番六角堂は華道池坊の興隆祈願のために建立された由。

第23番、24番 東雲山 真弘寺  当麻町
ゲリラ豪雨の中を参拝致しました。豪雨の雷のためか? 誰もいませんでした。読経して納札をいただき、納経料600円を机の上に置いておきました。

☆写真説明(順に)
遍照寺本堂、遍照寺境内、真言寺本堂、真言寺本堂御詠歌、丸山寺、真久寺本堂、真久寺六角堂

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2016年07月08日

丹波丹後但馬の霊場巡り

高野山真弘会地方研修会にて、丹波のあじさい寺/観音寺、丹後の山野草寺/如意寺、但馬の桔梗寺/遍照寺、そして、城崎温泉の温泉寺を巡礼致しました。元伊勢として日本のルーツの一つとされるこの地域は、昨今は海の京都プロジェクトとして見直されつつあります。日本らしいのどかな風景と日本人らしいこまやかな人情に触れることができました。

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研修後の余暇には、京都の大覚寺、東寺、東本願寺などを参拝して帰札致しました。

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2016年03月24日

ハイセルバガス畜産

ハイセルシステム発案者、故松岡清光先生の集大成を勉強中です。

サトウキビの搾り殻をリグニン分解菌で発酵させ飼料にしますと、牛はルーメン絨毛が太く長くまっ黒になって健康になり、乳房炎や繁殖障害解消、乳質や乳量向上、ロース芯が太くなります。その効果としくみ、給与方法、活用事例を解説しています。

ハイセルバガス畜産 −発酵バガスがルーメンを変える― (民間農法シリーズ)
松岡清光著 (農文協 1998)

第1章 牛を健康にするハイセルバガス
1.牛の要、ルーメンを頑強にする
2.エサの消化がグンとよくなる
3.繁殖障害・乳房炎対策の秘密兵器
4.乳量・乳質アップで大きな経済効果
5.サシが多くロース芯が太い牛肉をつくる
6.畜舎の悪臭を追放
7.ふんは良質な有機質肥料資材となる

第2章 ハイセルバガスの秘密を解明する
1.リグニン分解でサトウキビのバガスが良質飼料に
2.ハイセルバガスのセンイとその働き
3.カサの大きさが反すうを促す
4.ハイセルバガスの威力は酢酸生成力にあり
5.サシと良質粗飼料
6.ルーメン内phを調節して疾病予防
7.ルーメン微生物の活性化で、ビタミン・ミネラルは不要
8.高い消化吸収率がふんを変える
9.リグニンからの生成物がうまい牛乳・牛肉をつくる

第3章 飼料給与と健康管理の実際
1.ハイセルバガス給与への切り替え
2.ハイセル式TMR(混合飼料)
3.形・臭い・phの牛ふん検査、三点セットで健康管理

第4章 ハイセルバガス有効活用の事例
1.風味の高いハイセル肉牛づくりを目指す
2.おいしい牛乳と野菜づくりの複合農業

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2016年03月21日

北海道発の地方創生特区構想

地方創生特区構想「スマートアグリタウン/ハイセルシステム・バイオ農工業」
北海道ハイセル牧場訪問

今後は農業関係、環境関係、北海道技術研究関係の学会や、日経スマートシティシンポジウムなどへの投稿にもチャレンジしてゆく所存です。関係者の皆様、どうぞ宜しくお願い申し上げます。 頓首

本日(3月21日)、株式会社JSDハイセル代表取締役の佐藤二三夫様が、わが恩師の元産総研北海道部長だった佐山先生(お父様は元北大工学部長で北海道の炭鉱鉱物資源工学の創始者、北大工学部の功労者とされる)と、元ハイセル取締役の茂木様とともに来社されました。積年の思いをお聞きして大変感銘致しました。北海道開発技術センター(dec)技術資料VOL. 0027(2015)「ハイセルシステム・バイオ農工業/「スマートアグリタウン構想」調査研究」に共同執筆した仲間です。今日は弘法大師空海のご入定された正御影供の縁日にあたるのも奇遇です。

現在は、「地方創生特区」(農水省管轄)申請中とのことで、農水省資料と三菱総合研究所の調査報告書「国家総合戦略・地方創生バーチャル特区構想提案書について」をいただきました。すでに地方自治体、北海道庁、地方議員はもとより、国会議員クラス、大臣クラス、国家戦略特別区域諮問会議有識者議員、経済財政諮問会議有識者議員への折衝も行っているとのことで、かなり実現性の高いイノベーション計画になっております。

イノベーションの目標は、CO2削減と地方活性化です。牛牧場の糞尿から出るバイオガスを直接利用また水素変換して利用し、またトウモロコシバイオエタノール生産を行い、再生可能エネルギー利用、自然エネルギー利用を行います。一方でハイセルシステムにより生産される飼料による牛の活性化や、肥料による土壌改良も有力なイノベーションです。
TPP対策として輪作試験にもなりますし、付加価値を高めるものです。さらには都市近郊農村(アグリタウン)として、管理をIT化し、医療福祉施設を充実させ、タウン内移動システムを構築し、観光や直接販売も含めた農業の6次産業化という目玉もあります。



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2016年03月17日

Alpha碁に関する理科系的考察

再挑戦、再勝利を目指しているプロ棋士、トップアマチュアの方々のために。

一般にソフトウェアのプログラムは企業特許重要機密ですので、部外者に公開されることはありませんが、科学誌向けなどメディア向け広告宣伝のためにある程度の概要は告知されます。Alpha碁に関しては次の情報がWeb上からわかりました。

(1)Alpha碁のハードはCPU1202個+GPU176枚

(2)Alpha碁では、従来より洗練された総当りの方法(モンテカルロ法)と深層神経(ディープ・ニューラル)ネットワーキングを組み合わせています。これらの深層神経ネットワークは、基盤の情報を入力として受け取り、数百万の神経回路に似た接続を持つ12の異なるネットワーク層で処理しています。ポリシーネットワークが次の手筋を選択し、バリューネットワークがゲームの勝者を予測しています。人間のベテラン棋士がかつて用いた3,000万の手を覚えさせることで、AlphaGoは人間の次の1手を57%の確率で予測できるよう至りました。神経ネットワーク間同士で何千回と勝負をさせ、教科学習法として知られる試行錯誤処理を使い接続を調整することで、AlphaGo自身が新しい戦略を発見させるまで訓練を行ない、AlphaGoは、他の人工知能プログラムとの対戦では499勝1敗という成績を収めました。

これらの情報をもとに一人の工学者として、このソフトウェアがどのような思考を行っているかを以下に類推致しました。

(1)GPU(画像処理)をどう使用しているのか? というプロ棋士の先生の疑問をお聞きしました。手順や形表示であれば従来モンテカルロで行ってきた座標表示で十分なはずです。画像として盤面認識するのと座標認識ではどこが違うのか? を考えてみるとわかることがいくつかあります。

@手順が違っても同じ形ができることはよくありますので、形そのものを画像として認識評価しているということです。

A画像直接認識でできることの一つは、形勢判断です。(現在のネット対局場でも形勢判断プログラムは使用しています。)

B画像直接認識でできることの二つ目は、定石検索、定型検索です。その後の選択肢記憶探索条件を画像直接認識から選ぶことできます。

C他には終局のチェックです。

Dプロ棋士やトップアマチュアが行う画像認識には希望想定結果図から逆算して手順を選択する方法があります。未来から過去に逆に読む方法です。これをAlpha碁ができるとさらに強くなるでしょう。あるいはもうやっているかもしれません。


(2)12の異なるネットワーク層には何があるか? も気になるところです。これらの多くは従来からあるものやあるいはその改良作の組み合わせだと思います。従来のモンテカルロ囲碁製作者が課題としてきたのは多数PCの並列化問題でした。ここにニューラルネットワークの自己学習を用いることで、膨大な変数にかかる膨大な諸係数と選択肢選択を自己学習修正できるようにしたということです。ここがこのプログラムが格段に強くなった秘密です。

(3)今後も対局学習を繰り返すたびに諸係数や選択肢経路は、より人間の思考に近づいて行きます。ただしそれがパーフェクトな解(人間そっくり)に結びつくかどうかはまだわかっていません。コンピュータ同士対決だけですと、人工知能の学習が人間から離れて暴走してしまう可能性もあります。過去にはこのような事態がありませんでしたから単純に学習できましたが、これからは人間もコンピュータを意識して、あるいはコンピュータから学んだ手を考慮して打ち進めますので、コンピュータの自己暴走(間違った手でも強い手)に人間が巻き込まれるという現象も起こり得ます。これらはシンギュラリティ(技術特異点)という未知の未来がどうなるかということと関連します。これらの分析をしたくて、複雑系囲碁ゲームと強いプロ棋士を研究相手に選んでいるとも言えるのです。
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Alpha碁に関する文科系的考察

ここ一週間はずいぶんブログやTweet、Facebookコメントを読みましたし、書きました。プロ棋士では、メディアに多数出演なさった大橋先生の他、三村先生、高尾先生、謝先生、藤澤先生、竹清先生、万波先生、冨士田先生のコメント内容は本格的で参考になりました。若手の大熊先生のTweet(ファミレスで書いていたらしい)は面白かったです。トップアマでは永代(ながよ)さんのブログは有名プロでは言えない鋭いところまで書いていてピカ一でした。人類囲碁史上に残る鬼手とされる第4局のイセドル九段のワリコミは、実は正しく応じれば不発弾だったという万波先生の解説を丁寧に紹介しています。あ、これを書いちゃうとまずいのかな? あれはわざと間違った手を打ったのか? それとも局所で不発でも全局的な流れには意味があるのか? いずれにしてもあの手によってAlpha碁の暴走が始まり自滅してゆきました。暴走させるために打ったとしたら超天才です!

ここ1週間、プロ棋士の先生は落胆と感動を繰り返しつつ、リベンジに燃える先生と、そんなの人間の囲碁には関係ないという先生に分かれているようですが、日本棋院での話題はどの先生もこれに尽きるようです。じり貧ぎみだった日本囲碁界にとっては宣伝効果抜群で、これほど囲碁に関心を集めたのはヒカルの碁以来10数年ぶりじゃないでしょうか。韓国でも視聴率は野球中継の1.5倍もあったという記事もありました。

それ以上に驚くべきことは、韓国の棋士を日本人や中国人がこれほど応援したのは、近年なかったのではないでしょうか? ここ数年日中韓のライバル争いが熾烈でしたからね。相手が英米だったからでしょうか? アヘン戦争か黒船襲来かということで、東アジアが団結したと言うべきか? いや待ってください! このプログラム製作者もアジア系の人なのです! つまりは人類対機械の構図、もっと言えば人類対エイリアンみたいな構図で、人類が危機に瀕して一致団結したという感動なのでしょうか? プロ棋士の中には敗北のくやしさの涙もあったことでしょうが、それ以上に人間として連帯しようという愛の心も芽生えたようです。大熊先生は、アルファ碁にマザーテレサのような慈愛を感じたらしいです。そうですね。囲碁の強さに関する個人的競争心をチームとしての団結心に変えてくれたマザーの愛ですよね。

でも我々人類の敵は一体何なんでしょうか? コンピュータを不気味だと感じるコメントをたくさん目にしますが、それは単なる機械で、それを作ったハスピス氏も慈愛ある人間です。「地球環境問題解決やガン治療に応用したい。」とおっしゃってます。何が怖くて、不気味で、何が知能競争の敵なのでしょうか?

そうです。その敵とは、私たち人間が競争に負けた過去の悔しさという感情を累々と蓄積することなのです。悔しさの蓄積という亡霊と戦っているのです。囲碁以外の分野まで普及すると、その敵とは人間の欲、煩悩、原罪とも言えます。それを一身に引き受けてくれるのが機械です。イエスの贖罪でもわら人形でもなく、コンピュータという箱が犠牲や悪役を負うことによって、ネガティブ感情の浄化が行われているような現象を今回感じました。プロ棋士の山城先生は「囲碁の本質は楽しむこと。AIのおかげで囲碁のレベルが上がることを期待しています。」とTBSニュースでおっしゃっていました。よく考えるとそこに敵はおりません。

人類が連帯し、勝負や競争、欲望に関わるネガティブ感情を浄化して、人類生存のため、幸福のために調和することができるとしたら、人工知能はバラ色の未来を創ることでしょう。ただし、負の感情の露呈は一過性の必須条件として許容できるのか? が問われます。そんな愛と慈悲の視点で、AI(人工知能)に関わる人々を温かく見守っていきましょう。

言い過ぎ御免なさい。
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2016年03月16日

囲碁の歴史についての雑学

人工知能に凌駕されるこれからの囲碁教師は、お笑い(健康法)と歴史(文化教養)で生き残ろうと思っております。

囲碁の発祥した年代と場所については、遺跡と文献からすると、中国において紀元前1000年〜2000年頃(殷王朝時代)であろうという説が主流になっています。殷墟発掘の甲骨文字の中に囲碁を表す文字(「其」の下に「木」)が残っております。囲碁を表す漢字は、「其」と「木」の組み合わせ(上下が最初で後に左右)から始まり、やがて「其」と「石」の組み合わせとなりました。一方将棋は元々は「象棋」という文字でした。

また一方、インド古代文明においては、暦法グリッド図(宿曜経マンダラ)や対局絵図(シバ神と王妃の対局)が残っており、インド発祥説もあります。他にヒマラヤ地域(チベットなど)発祥説もあります。

さらに、中国の伝説時代に堯帝が奕(囲碁のこと)を打った記述があり、紀元前2世紀より古い発祥説もある他、暦法(古代は占星術)としてのグリッド図形利用は古代文明発祥よりもずうっと古いとも考えられています。

ゲームとしての囲碁についての文献で最古のものは「忘憂清楽」で、三国志の時代に呉の孫策が打った棋譜が載っています。また、孔子の「論語」の中にも「奕」(囲碁)の表現があります。囲碁を表す文字は、「棋」、「奕」、「碁」、「爛柯(らんか)」、「烏鷺」、「方円」、「手談」があります。

日本の囲碁の最古の記録は「魏志倭人伝」で、卑弥呼が「棋」(「其」の下に「木」)道具を贈られた下りがあります。奈良時代には、碁盤が伝来して正倉院に現存します。また、吉備真備が遣隋使として隋の皇帝と対局している絵が残されています。平安時代には紫式部、清少納言などの女官が囲碁を打っていた絵が残されています。日本最古の棋譜は鎌倉時代の日蓮上人とその弟子日朗の対局です。戦国時代では、武田信玄や真田親子の棋譜、織田信長御前(本能寺)対局(本因坊算砂)の棋譜が残っています。

江戸時代以降は本因坊家など碁院四家による家元制として幕府寺社奉行管轄で知行を与えられてきましたが、本因坊は日蓮宗寂光寺の門跡(僧侶)のことです。本因坊家は現在の日本棋院(本因坊名跡の継承者)まで継承されており、巣鴨と京都の日蓮宗寺院と墓地において毎年歴代本因坊慰霊祭を行っております。その他詳しくは、日本棋院の歴史ページをご参照ください。

http://www.nihonkiin.or.jp/teach/history/

海外の囲碁事情ですが、ダライラマ法王、ムスタン国王、ブータン国王は囲碁を打ち、ヒマラヤ地域では古代より盛んです。日本訪問の際に対局イベントが企画されたこともあります。アジア以外の西欧諸国、南米、アフリカなどでも近年普及しており、アインシュタインやナッシュ(ノーベル賞受賞数学者)も囲碁を打ちました。現在世界の囲碁人口は約3000万人(日本では400万人)とされています。

云々
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2016年03月12日

アルファ碁との調和

囲碁は調和である

本来は引き分けで終わるゲームに勝敗ができるのはどういうわけでしょうか? そうバランスを崩した手を打った側ということになります。もう一方で、バランスがずれた手を打った相手に対して、正しい咎め方ができなかった側ということになります。双方最善を尽くして引き分けで終わることが果てしなく困難であるがゆえに、双方バランスからずれつつ、間違い争いをしてきたのが人間の打つ囲碁であり、それが人間らしい面白味であるとも言えるのです。


アマチュアから見た囲碁という未開拓ゲーム

プロやトップアマの先生の立場からは、強いというプライド、勝ってこそ囲碁というプライドは人生観において譲れないというブログコメントを多々目にします。所詮相手は機械に過ぎない(機械ゆえの限界がある)ということでそこを乗り越えるのだろうと思います。

私はアマチュアですので囲碁に対するスタンスは、「必勝原理、法則」、すなわち「数理的合理性」という興味です。そこは若干違うことに気付きます。負けることでも何らかの新しい合理性を発見するとうれしいものです。(もちろん勝つことを目標に一局打っていますが。)

Alpha碁は相手に応じて次の手を選択しますが、それは確率的に勝率が相対的に良い手であって必勝手ではありません。その思考パターンに見られるのは、難解な不安定性を避けることです。できるだけ分かりやすい道を選びます。それが終盤に強いゆえんなのでしょう。

そこでよくよく考えてみますと、囲碁というゲームにおいて数理的にはっきり正しいと言える法則があること、あり続けてきたことに気付きます。先に打つ黒が必ず勝つゲームであることと、白黒双方最善を尽くした結果の差の目数は近似的にはわかっていること(6目〜7目くらい)です。

すなわち、一手づつのやり取りにおいては、勝つ手を打つのが囲碁ではなくて、等価値を分け合って盤上6目から7目黒が多い結果への道を双方選択しているのが囲碁であるということです。

この考え方は歴史上の棋聖と言われた名人たちが残しています。呉清源先生は「碁は調和である。」とおっしゃいました。高川秀格先生もそれに近い考え方でした。あるいは武宮先生は「広いところから打つのが囲碁です。」とおっしゃいます。勝つことへの血みどろの修行を乗り越えた境地に囲碁の本質が見えるのだと思います。

すなわち着手のバランスです。どちらか一方にのみ有利な着手という法則はなくて、双方が等分に終わる着手こそが数理的に最も正しい手だということです。Alpha碁の打ちっぷりはこの基本的な法則に立ちもだらせてくれました。

すなわち黒番であれば6目勝ちか7目勝ち、白番であれば6目負けか7負けとなる道を考えるのが数理的に正しいと思います。すなわち引き分けを目指すゲームだということです(引き分けにならないために半目をつけたのです)。ただし、コミが6目か7目かはまだ証明できていません。

云々

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Alpha碁の勝利に関する雑感追記

(1)囲碁内容に関しては、プロ棋士の先生方が様々な戦略を考えてらっしゃるので、アマチュアとしてはほとんど妄想ですが、マネ碁の研究にはもって来い(恋?)の相手です。黒番コミ無しで持碁を目指すので互先では使えませんが、定先ならば初手天元のマネ碁をやってみたいです。白番ですと、いつマネ碁はずしを打って来るかという碁になりますが、あまり客受けしないかもしれませんね。その他、左右マネ碁とか、風車系マネ碁とか、色々とマネ碁の研究をするにはもってこいの機械です。

(2)コウ絡みの複雑形にするには、大きな捨て石を序盤で作っておくことが考えられますが、どうもAlpha碁はそういう形になる前に厚く手入れする棋風のようです。それでも、捨て石を使う碁形はやってみたい相手です。

(3)形を如何に決めない碁形にするか? すなわち手抜き碁形も使ってみたい(使わせてみたい)相手です。こちらから手抜きを仕掛けるのはマネ碁と関係します。




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Alpha碁の勝利に関する雑感

世界トップレベルと評されるイ・セドル九段がコンピュータソフトAlpha碁に2連敗しました。昨日は呆然としていましたが、今日は中休み。3・11東日本大震災物故者慰霊の日ということもあって、色々と考えを整理することができました。あと3局残っておりますので、「人間側が人工知能に追い抜かれた」と結論づけるには早計かもしれませんが、Google側の自信からすると、1勝することすら大変なような気がしております。

少なくとも残るあと3日間は、ディープラーニングプログラムの盲点探し、弱点探しという展開になったことは確かです。「序盤から難解な戦いを仕掛けるべきだ。(序盤にもっと考慮時間を使う。)」、「コウがらみの展開を仕掛けてみるべきだ。」、「李九段が気落ちしないように励まそう。」など、プロ棋士の方々のコメントが目に留まりました。

さて私はアマチュア碁打ちですので棋譜内容についてのコメントはさておき、工学者の立場から今後の近未来予測と個人的願望を以下にまとめてみました。ちょっと気が早いかもしれませんので、あくまで雑感ですが。

(1)これは単に囲碁界だけの衝撃的出来事ではありません。人間の思考をコンピュータソフトが凌駕する現象はあらゆる分野に波及します。金融分析、企業経営分析、臨床医学診断、競技審判、自動車運転などはすでにIT化がある程度進んでいます。さらに人工知能研究開発者たちの論評では、司法判決、芸術創作、文章執筆なども人工知能が行うことができる時代になるそうです。そうなりますと、「人間らしさって何だろう?」という哲学的問いを考えてしまいます。「好き嫌いがあることと間違えること。」ということかな?

(2)文明の利器に対する人間のスタンスとしては、賛否両論が出てくることでしょう。「コンピュータのスイッチをON‐OFFしているのは人間だ。」ということです。しかし、誰かがOFFにしようとしても誰かがONにしていますので、推進する立場の人間にイニシャチブがあると言えます。最後は国際機関(今のところ国連)による政治的判断で規制と監視をしようというOFF側の動きも出てくることもあるでしょうが、国連が全てのコンピュータを監視するのは不可能だという現実もあります。となると、どう共存するかという中庸論が出てくるでしょうし(私はこの共存論者です)、コンピュータ同士の優劣競争が激しくなることも起こり得ます。「倫理は文明をコントロールできるか?」という問いが宗教側から出てくることも起こり得ます。「人間は考える葦である。」というパスカルの言葉の重みを痛感しております。

(3)中庸共存論に立つならば、囲碁界に関しては以下のことが私の個人的願望です。

@コミを確定するのに活用して欲しい。コンピュータ同士をコミ5目半、6目半、7目半で対戦させて勝率を算定してみる。19路盤だけではなくて、13路盤、9路盤でも算定してみる。

A置き石の価値を目数で算定してみる。これも統計分析が可能です。

B布石の定型に関する勝率を算定してみる。中国流とかミニ中国流、三連星とか、シマリ形とか、布石定型ごとにコンピュータ同士を対局させて、布石定型の評価分析が可能になります。

C対局後の検討の際に、別の手を打ったとして、その後コンピュータが打つ変化図を添える。

Dアマチュア指導のためにコンピュータが人間に置かせて対局をする。(プロでも先か二子くらいになるやも…)

以上、すなわちAlpha碁は人間のトップ棋士に勝ったけれども、囲碁の必勝法を解いたわけではありません。ディープラーニングにより人間の脳機能を不完全ながら模擬できたけれども、それは大容量によって確率的により優れた手を打っているに過ぎないということです。たとえば第一手を天元に打つと必ず黒が6目勝つとか、星とか小目とかだと結果はこうなるとか、そういう数理的解明をしているわけではありませんので、統計的確率的に勝率を計算するのに活用して、より良い手法をさらに進化させる手段とすると、人間の対局と共存していけると思います。いずれの日になるかはわかりませんが、囲碁必勝理論を解明したいという人類の夢は尽きません。

云々

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