
2月末に銀行ATM利用のため、銀行そばのいつも利用している脇道に駐車したところ、駐車違反のシールが貼られていました。その場所は銀行利用の多くの方が臨時駐車する場所で、一列であれば交通にそれほど影響の出ない場所であるため、前に駐在所の警察官から幹線道に停車した時に、「こちらは交通の邪魔になるのでこちらの方に停めてください。ここは短時間であれば大目に見ますから....」と言われた場所でした。
さっそく駐在所に行って確認したところ、「駐車禁止の標識があるのと、現在の北海道警察(札幌市)のシステムは、現場の警察官が端末機を持っており、その場でコンピュータ入力することにより、自動的に処理されるようになっているので、取り消しは不可能です。」ということでした。「銀行ATMで税金をなんとか納入したばかりなんですよ。」と言うと、駐在所の主任さんは心情を理解していただいたようで申し訳なさそうでした。駐車違反シールの内容は、わずかに「3分間オーバー」ということで、罰則金が1万5000円でした。道路交通法では、5分間以上を駐車違反とするようで、私の駐車時間はわずかに8分間でした。何よりそれほどの短時間であれば、出入りを肉眼で確認しているはずですから、なぜ直接注意しないのかが不思議でした。主任さん曰く、「5分経過でスピーカーで忠告してから違反シールを貼るようにしています。」ということでした。また、「どうしても支払いに困るようでしたら、支払い猶予措置もありますので相談してください。」と丁寧に説明してくれました。個人としては立派な方だと感じましたが、機械システムになってからは、注意で終わるというような融通がきかなくなっているそうです。
その後その銀行のそばをよく通りますが、銀行利用のためにその場所には相変わらず何台か駐車しているようでした。もしそこが停められなくなると経済活動にも影響が出ることは必至です。銀行建物には立体駐車場もありますが、入金を急ぐ場合もありますし、ATM利用はそれほど長時間駐車することはありません。また月末月始めなどの繁忙期には、立体駐車場が満車になってしまうこともよくありますし、その立体駐車場の前はタクシー乗り場であるためにタクシー行列があって、一般車は行列で待つことができないのです。
確かに札幌の場合は、冬季に違法駐車によって交通遮断が起きることがあるので、取締りは厳しくなる傾向にありますが、幹線道路の違法駐車がたくさんあるのにもかかわらず、このような全く交通支障のない経済的な影響の大きい場所に目をつけるのは、ちょっぴり納得できない思いが残っております。それと駐車時間オーバーが3分間であっても何時間であっても同じ罰則金であるという制度も問題のように思います。スピード違反と同じように超過時間によって罰則金の額を分類しては如何かと思います。もちろん法律に従って罰則金は納めましたが、「法のもとの平等」や「法の精神」に照らして、現状のあり方は、「道路の正常な交通維持」という目的を果たす役割にかなっているのかどうか? そこが問いたいところです。
日本の労働人口比率は、大企業が10数%、中小企業が80数%、自由業農業が数%、公務員が3%ほどの割合となっております。中小企業の中には商品配達や集金、営業などのために臨時に駐車しなければ経済活動のできない人たちもたくさんおります。もし、駐車禁止の標識に厳然と従うとすれば、札幌など地方都市の経済活動は相当停滞することでしょう。
ある置き薬会社の営業マンの話だと、エンジンをかけたまま駐車して顧客先を訪問中にレッカー移動されたそうです。その場合は、レッカー代9800円と駐車代金を現金で支払わなければ車を取り戻すことはできないシステムとなっております。しかも都心部の中央警察著までタクシーで行き、罰則金(1万5000円)支払い書をもらって、そこから駐車場までまたタクシーで行かねばならず、出費は4〜5万円ほどになったそうです。しかもその間、会社の業務損失も生じたそうです。もちろん良識のある方ですから、交通支障にならない場所を選んで停めたということです。さらに、担当警察官の悪質さを感じたのは、車を取り戻すまでの間、エンジンがかけられたままで放置されていたということでした。確かに法律違反ですが、「法の精神」ということを忘れると、法律が庶民を滅ぼすことになりかねません。
この厳しい経済状況において、罰則金をたくさん取った警察官の業務評価が上がるという矛盾を、強く感じます。お金以外の方法で道路交通を維持する智恵を法律運用面で考えるのが、警察官の正義ではないでしょうか?「次回から気をつけてくださいよ。次は違反切符を切りますよ。」と上手に注意してくれたかつての警察が懐かしいです。
(注);誤解のなきように、飲酒運転や猛スピード違反、幹線道路での長時間駐車による交通遮断に対する罰則金制度など、重い違反罰則金を否定している意味ではありません。特に北海道では飲酒運転罰則金が高額になったことにより、交通事故死が大きく減少したことを評価しております。ただ、駐車違反など運用面で配慮の必要なものまでも一律にしてしまうのは、「形式上の平等」であって、「法のもとの平等」とは意義が違い、さらに「違反者=悪い人扱い=痛みを与えるのが正義」という単純な一律制であるならば、「法の精神」が崩壊する危惧を懐くという主旨です。ロシアや北朝鮮の警察では殺人犯などの冤罪が多く、善良な庶民を裁くと言われます。そのようなことにならないように、日本の警察官の正義について考えてみました。