−平凡に生きたい− その1
私の亡き母の口癖は「平凡に生きなさい。」でした。非凡さで周囲を驚かせた幼少であったのでしょうが、天命を知る世代になりますと変わり者の人生で終わってしまうのではないかという神仏への怖れが起こり、母に申し訳ない気持ちでいっぱいになります。亡くなる間際に私の瞳をじっと見つめ、「きんちゃん、宜しく頼みますよ。」と呟いた言葉には、父母が歩んだ人生のように、平凡な職業につき家庭を持ち子育てをして、ごくごくありきたりの慎ましい人生を送りなさい、祖父母や父母が築いてきた家庭を継承しなさい、という最期の愛情が篭っていました。あの母の瞳を思い出すたびに派手な人生を自省する毎日でございます。
この本の内容は平凡な経験談を語る意図であり、読者の皆様のそれぞれの人生がつつがなく平凡ながら幸福につつまれた世界にオンリーワンの貴重なものであって欲しいとの思いから、私の高野山での体験をごくごく普通の俗人の視点から書いてみたものです。そうです。今の日本社会で最も大切な生き方、それは「ごくごく普通の生活」、「平凡な生活」だと痛感しております。
高野山で修行する僧侶たちはスーパーマンのように法力を使いこなし、体力、知力、人脈力、あらゆるものに優れた特異な人たちであるとの誤解を解くために、あえて体験談の出版に踏み切ったと言っていいでしょう。そこで出会った人々も親がいて恋人や妻がいて子供がいる普通の家庭人ですし、人と人の感情のやりとりの中で生きているのです。
続く−