2009年08月14日

日本人の心について

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こういう題名をつけると「右より」に取られるでしょうが、グローバル化した社会の中で、「日本人の心」というものが、文化のひとつのジャンルに化してしまってきていることに、最近、驚くことが多いです。私たちの世代の子供の頃もよく親から、「最近の子供は物質的には恵まれているが、精神的には貧しい。」とよく言われて育ちましたが、そういう私たちの世代であっても、小学校では、「もしもし亀さん〜♪」、「桜、桜〜♪」、「春のうららの隅田川〜♪」などを歌って育ったものです。それが最近の小学校では全く教えていないことを知り、驚いたことがあります。最近の子はこういう日本人の心情を詠った曲を知らないようです。それだけならまだいいのですが、唯一「君が代」だけは徹底的に教え込まれていることにも驚きました。

戦後のGHQ体制化の教育改革で、戦前教育に用いられた精神性を否定された時期がありましたが、その精神性の中には軍事的でない美しい文化もたくさんあったはずです。それが、現状では、全く逆の結果になってしまっているような気がしてなりません。

NHKの時代劇などは、戦国もの、サムライものが多く、日本人の心=サムライ文化という傾向は、海外でも普及しているようです。こういう傾向は、戦後教育で日共組などが最も嫌悪したものであったはずです。TV時代劇として、空海や道元や二宮尊徳、本居宣長などが取り上げられないのは何故なのでしょうか? あるいは私たちの世代では、TV番組に「日本昔話」などがありました。戦後教育によって、日本に古くからある美しい文化を否定する結果になってしまっているのはなぜなのでしょうか?

日本には多くの美しい文化があります。漢文文化と書道、生花、お茶、歌舞伎や能や舞踊、盆踊り、村祭り、.....。子供の遊びでは、かくれんぼ、鬼ごっこ、縄跳び、パッチ、ビー玉、あやとり、コマ回し、タコあげ、.......。もちろん一部では継承されていますが、文化のひとつのジャンルという扱いになる傾向が強くなっています。

軍国主義を否定したことの結果がこうなったとしたら、戦後教育のあり方に何らかの誤りがあったのではないか? という気がします。体罰の禁止や喧嘩の禁止がいじめなどの学級崩壊につながり、少年犯罪の増加をまねいてしまう、ということもあります。現在の小学生が「君が代」だけを徹底的に継承して、他の美しい唱歌を失ってしまっているということは、むしろ軍国主義の道につながるのではないでしょうか?「君が代」を義務化した精神とは、伝統文化の継承ではなかったのでしょうか?

最近よく、「日本人が変わってしまった」ということを耳にします。ハンバーグを食べてご飯を食べない子、魚嫌いな子、さらには、田んぼを見たこともない子が多い現実に驚くことがあります。農村社会から都市社会に移行していることは事実ですが、「米作り」という日本人文化の基本は、農業行政だけではなくて、教育行政としても重要なように思います。農業政策について様々な支援が選挙公約になっていますが、補助するのであれば、教育行政からの補助も考えては如何でしょうか?農業体験を都市の子供達の教育にぜひ取り入れてほしいものです。そして、農村社会を残すためには、補助などという段階を超えて、農業の公益法人や国有化も考えては如何でしょうか?

農村社会と日本人文化について考えることは、決して古臭いことではないと思います。西欧先進国の主要産業は皆農業であるのです。都市型社会、産業社会の中で新しい農村と日本文化の再構築は、地球環境問題が深刻化した21世紀には、実は未来のビジョンであるように思います。
posted by きんちゃんブログ at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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