2016年03月24日

ハイセルバガス畜産

ハイセルシステム発案者、故松岡清光先生の集大成を勉強中です。

サトウキビの搾り殻をリグニン分解菌で発酵させ飼料にしますと、牛はルーメン絨毛が太く長くまっ黒になって健康になり、乳房炎や繁殖障害解消、乳質や乳量向上、ロース芯が太くなります。その効果としくみ、給与方法、活用事例を解説しています。

ハイセルバガス畜産 −発酵バガスがルーメンを変える― (民間農法シリーズ)
松岡清光著 (農文協 1998)

第1章 牛を健康にするハイセルバガス
1.牛の要、ルーメンを頑強にする
2.エサの消化がグンとよくなる
3.繁殖障害・乳房炎対策の秘密兵器
4.乳量・乳質アップで大きな経済効果
5.サシが多くロース芯が太い牛肉をつくる
6.畜舎の悪臭を追放
7.ふんは良質な有機質肥料資材となる

第2章 ハイセルバガスの秘密を解明する
1.リグニン分解でサトウキビのバガスが良質飼料に
2.ハイセルバガスのセンイとその働き
3.カサの大きさが反すうを促す
4.ハイセルバガスの威力は酢酸生成力にあり
5.サシと良質粗飼料
6.ルーメン内phを調節して疾病予防
7.ルーメン微生物の活性化で、ビタミン・ミネラルは不要
8.高い消化吸収率がふんを変える
9.リグニンからの生成物がうまい牛乳・牛肉をつくる

第3章 飼料給与と健康管理の実際
1.ハイセルバガス給与への切り替え
2.ハイセル式TMR(混合飼料)
3.形・臭い・phの牛ふん検査、三点セットで健康管理

第4章 ハイセルバガス有効活用の事例
1.風味の高いハイセル肉牛づくりを目指す
2.おいしい牛乳と野菜づくりの複合農業

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2016年03月21日

北海道発の地方創生特区構想

地方創生特区構想「スマートアグリタウン/ハイセルシステム・バイオ農工業」
北海道ハイセル牧場訪問

今後は農業関係、環境関係、北海道技術研究関係の学会や、日経スマートシティシンポジウムなどへの投稿にもチャレンジしてゆく所存です。関係者の皆様、どうぞ宜しくお願い申し上げます。 頓首

本日(3月21日)、株式会社JSDハイセル代表取締役の佐藤二三夫様が、わが恩師の元産総研北海道部長だった佐山先生(お父様は元北大工学部長で北海道の炭鉱鉱物資源工学の創始者、北大工学部の功労者とされる)と、元ハイセル取締役の茂木様とともに来社されました。積年の思いをお聞きして大変感銘致しました。北海道開発技術センター(dec)技術資料VOL. 0027(2015)「ハイセルシステム・バイオ農工業/「スマートアグリタウン構想」調査研究」に共同執筆した仲間です。今日は弘法大師空海のご入定された正御影供の縁日にあたるのも奇遇です。

現在は、「地方創生特区」(農水省管轄)申請中とのことで、農水省資料と三菱総合研究所の調査報告書「国家総合戦略・地方創生バーチャル特区構想提案書について」をいただきました。すでに地方自治体、北海道庁、地方議員はもとより、国会議員クラス、大臣クラス、国家戦略特別区域諮問会議有識者議員、経済財政諮問会議有識者議員への折衝も行っているとのことで、かなり実現性の高いイノベーション計画になっております。

イノベーションの目標は、CO2削減と地方活性化です。牛牧場の糞尿から出るバイオガスを直接利用また水素変換して利用し、またトウモロコシバイオエタノール生産を行い、再生可能エネルギー利用、自然エネルギー利用を行います。一方でハイセルシステムにより生産される飼料による牛の活性化や、肥料による土壌改良も有力なイノベーションです。
TPP対策として輪作試験にもなりますし、付加価値を高めるものです。さらには都市近郊農村(アグリタウン)として、管理をIT化し、医療福祉施設を充実させ、タウン内移動システムを構築し、観光や直接販売も含めた農業の6次産業化という目玉もあります。



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2016年03月17日

Alpha碁に関する理科系的考察

再挑戦、再勝利を目指しているプロ棋士、トップアマチュアの方々のために。

一般にソフトウェアのプログラムは企業特許重要機密ですので、部外者に公開されることはありませんが、科学誌向けなどメディア向け広告宣伝のためにある程度の概要は告知されます。Alpha碁に関しては次の情報がWeb上からわかりました。

(1)Alpha碁のハードはCPU1202個+GPU176枚

(2)Alpha碁では、従来より洗練された総当りの方法(モンテカルロ法)と深層神経(ディープ・ニューラル)ネットワーキングを組み合わせています。これらの深層神経ネットワークは、基盤の情報を入力として受け取り、数百万の神経回路に似た接続を持つ12の異なるネットワーク層で処理しています。ポリシーネットワークが次の手筋を選択し、バリューネットワークがゲームの勝者を予測しています。人間のベテラン棋士がかつて用いた3,000万の手を覚えさせることで、AlphaGoは人間の次の1手を57%の確率で予測できるよう至りました。神経ネットワーク間同士で何千回と勝負をさせ、教科学習法として知られる試行錯誤処理を使い接続を調整することで、AlphaGo自身が新しい戦略を発見させるまで訓練を行ない、AlphaGoは、他の人工知能プログラムとの対戦では499勝1敗という成績を収めました。

これらの情報をもとに一人の工学者として、このソフトウェアがどのような思考を行っているかを以下に類推致しました。

(1)GPU(画像処理)をどう使用しているのか? というプロ棋士の先生の疑問をお聞きしました。手順や形表示であれば従来モンテカルロで行ってきた座標表示で十分なはずです。画像として盤面認識するのと座標認識ではどこが違うのか? を考えてみるとわかることがいくつかあります。

@手順が違っても同じ形ができることはよくありますので、形そのものを画像として認識評価しているということです。

A画像直接認識でできることの一つは、形勢判断です。(現在のネット対局場でも形勢判断プログラムは使用しています。)

B画像直接認識でできることの二つ目は、定石検索、定型検索です。その後の選択肢記憶探索条件を画像直接認識から選ぶことできます。

C他には終局のチェックです。

Dプロ棋士やトップアマチュアが行う画像認識には希望想定結果図から逆算して手順を選択する方法があります。未来から過去に逆に読む方法です。これをAlpha碁ができるとさらに強くなるでしょう。あるいはもうやっているかもしれません。


(2)12の異なるネットワーク層には何があるか? も気になるところです。これらの多くは従来からあるものやあるいはその改良作の組み合わせだと思います。従来のモンテカルロ囲碁製作者が課題としてきたのは多数PCの並列化問題でした。ここにニューラルネットワークの自己学習を用いることで、膨大な変数にかかる膨大な諸係数と選択肢選択を自己学習修正できるようにしたということです。ここがこのプログラムが格段に強くなった秘密です。

(3)今後も対局学習を繰り返すたびに諸係数や選択肢経路は、より人間の思考に近づいて行きます。ただしそれがパーフェクトな解(人間そっくり)に結びつくかどうかはまだわかっていません。コンピュータ同士対決だけですと、人工知能の学習が人間から離れて暴走してしまう可能性もあります。過去にはこのような事態がありませんでしたから単純に学習できましたが、これからは人間もコンピュータを意識して、あるいはコンピュータから学んだ手を考慮して打ち進めますので、コンピュータの自己暴走(間違った手でも強い手)に人間が巻き込まれるという現象も起こり得ます。これらはシンギュラリティ(技術特異点)という未知の未来がどうなるかということと関連します。これらの分析をしたくて、複雑系囲碁ゲームと強いプロ棋士を研究相手に選んでいるとも言えるのです。
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Alpha碁に関する文科系的考察

ここ一週間はずいぶんブログやTweet、Facebookコメントを読みましたし、書きました。プロ棋士では、メディアに多数出演なさった大橋先生の他、三村先生、高尾先生、謝先生、藤澤先生、竹清先生、万波先生、冨士田先生のコメント内容は本格的で参考になりました。若手の大熊先生のTweet(ファミレスで書いていたらしい)は面白かったです。トップアマでは永代(ながよ)さんのブログは有名プロでは言えない鋭いところまで書いていてピカ一でした。人類囲碁史上に残る鬼手とされる第4局のイセドル九段のワリコミは、実は正しく応じれば不発弾だったという万波先生の解説を丁寧に紹介しています。あ、これを書いちゃうとまずいのかな? あれはわざと間違った手を打ったのか? それとも局所で不発でも全局的な流れには意味があるのか? いずれにしてもあの手によってAlpha碁の暴走が始まり自滅してゆきました。暴走させるために打ったとしたら超天才です!

ここ1週間、プロ棋士の先生は落胆と感動を繰り返しつつ、リベンジに燃える先生と、そんなの人間の囲碁には関係ないという先生に分かれているようですが、日本棋院での話題はどの先生もこれに尽きるようです。じり貧ぎみだった日本囲碁界にとっては宣伝効果抜群で、これほど囲碁に関心を集めたのはヒカルの碁以来10数年ぶりじゃないでしょうか。韓国でも視聴率は野球中継の1.5倍もあったという記事もありました。

それ以上に驚くべきことは、韓国の棋士を日本人や中国人がこれほど応援したのは、近年なかったのではないでしょうか? ここ数年日中韓のライバル争いが熾烈でしたからね。相手が英米だったからでしょうか? アヘン戦争か黒船襲来かということで、東アジアが団結したと言うべきか? いや待ってください! このプログラム製作者もアジア系の人なのです! つまりは人類対機械の構図、もっと言えば人類対エイリアンみたいな構図で、人類が危機に瀕して一致団結したという感動なのでしょうか? プロ棋士の中には敗北のくやしさの涙もあったことでしょうが、それ以上に人間として連帯しようという愛の心も芽生えたようです。大熊先生は、アルファ碁にマザーテレサのような慈愛を感じたらしいです。そうですね。囲碁の強さに関する個人的競争心をチームとしての団結心に変えてくれたマザーの愛ですよね。

でも我々人類の敵は一体何なんでしょうか? コンピュータを不気味だと感じるコメントをたくさん目にしますが、それは単なる機械で、それを作ったハスピス氏も慈愛ある人間です。「地球環境問題解決やガン治療に応用したい。」とおっしゃってます。何が怖くて、不気味で、何が知能競争の敵なのでしょうか?

そうです。その敵とは、私たち人間が競争に負けた過去の悔しさという感情を累々と蓄積することなのです。悔しさの蓄積という亡霊と戦っているのです。囲碁以外の分野まで普及すると、その敵とは人間の欲、煩悩、原罪とも言えます。それを一身に引き受けてくれるのが機械です。イエスの贖罪でもわら人形でもなく、コンピュータという箱が犠牲や悪役を負うことによって、ネガティブ感情の浄化が行われているような現象を今回感じました。プロ棋士の山城先生は「囲碁の本質は楽しむこと。AIのおかげで囲碁のレベルが上がることを期待しています。」とTBSニュースでおっしゃっていました。よく考えるとそこに敵はおりません。

人類が連帯し、勝負や競争、欲望に関わるネガティブ感情を浄化して、人類生存のため、幸福のために調和することができるとしたら、人工知能はバラ色の未来を創ることでしょう。ただし、負の感情の露呈は一過性の必須条件として許容できるのか? が問われます。そんな愛と慈悲の視点で、AI(人工知能)に関わる人々を温かく見守っていきましょう。

言い過ぎ御免なさい。
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2016年03月16日

囲碁の歴史についての雑学

人工知能に凌駕されるこれからの囲碁教師は、お笑い(健康法)と歴史(文化教養)で生き残ろうと思っております。

囲碁の発祥した年代と場所については、遺跡と文献からすると、中国において紀元前1000年〜2000年頃(殷王朝時代)であろうという説が主流になっています。殷墟発掘の甲骨文字の中に囲碁を表す文字(「其」の下に「木」)が残っております。囲碁を表す漢字は、「其」と「木」の組み合わせ(上下が最初で後に左右)から始まり、やがて「其」と「石」の組み合わせとなりました。一方将棋は元々は「象棋」という文字でした。

また一方、インド古代文明においては、暦法グリッド図(宿曜経マンダラ)や対局絵図(シバ神と王妃の対局)が残っており、インド発祥説もあります。他にヒマラヤ地域(チベットなど)発祥説もあります。

さらに、中国の伝説時代に堯帝が奕(囲碁のこと)を打った記述があり、紀元前2世紀より古い発祥説もある他、暦法(古代は占星術)としてのグリッド図形利用は古代文明発祥よりもずうっと古いとも考えられています。

ゲームとしての囲碁についての文献で最古のものは「忘憂清楽」で、三国志の時代に呉の孫策が打った棋譜が載っています。また、孔子の「論語」の中にも「奕」(囲碁)の表現があります。囲碁を表す文字は、「棋」、「奕」、「碁」、「爛柯(らんか)」、「烏鷺」、「方円」、「手談」があります。

日本の囲碁の最古の記録は「魏志倭人伝」で、卑弥呼が「棋」(「其」の下に「木」)道具を贈られた下りがあります。奈良時代には、碁盤が伝来して正倉院に現存します。また、吉備真備が遣隋使として隋の皇帝と対局している絵が残されています。平安時代には紫式部、清少納言などの女官が囲碁を打っていた絵が残されています。日本最古の棋譜は鎌倉時代の日蓮上人とその弟子日朗の対局です。戦国時代では、武田信玄や真田親子の棋譜、織田信長御前(本能寺)対局(本因坊算砂)の棋譜が残っています。

江戸時代以降は本因坊家など碁院四家による家元制として幕府寺社奉行管轄で知行を与えられてきましたが、本因坊は日蓮宗寂光寺の門跡(僧侶)のことです。本因坊家は現在の日本棋院(本因坊名跡の継承者)まで継承されており、巣鴨と京都の日蓮宗寺院と墓地において毎年歴代本因坊慰霊祭を行っております。その他詳しくは、日本棋院の歴史ページをご参照ください。

http://www.nihonkiin.or.jp/teach/history/

海外の囲碁事情ですが、ダライラマ法王、ムスタン国王、ブータン国王は囲碁を打ち、ヒマラヤ地域では古代より盛んです。日本訪問の際に対局イベントが企画されたこともあります。アジア以外の西欧諸国、南米、アフリカなどでも近年普及しており、アインシュタインやナッシュ(ノーベル賞受賞数学者)も囲碁を打ちました。現在世界の囲碁人口は約3000万人(日本では400万人)とされています。

云々
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2016年03月12日

アルファ碁との調和

囲碁は調和である

本来は引き分けで終わるゲームに勝敗ができるのはどういうわけでしょうか? そうバランスを崩した手を打った側ということになります。もう一方で、バランスがずれた手を打った相手に対して、正しい咎め方ができなかった側ということになります。双方最善を尽くして引き分けで終わることが果てしなく困難であるがゆえに、双方バランスからずれつつ、間違い争いをしてきたのが人間の打つ囲碁であり、それが人間らしい面白味であるとも言えるのです。


アマチュアから見た囲碁という未開拓ゲーム

プロやトップアマの先生の立場からは、強いというプライド、勝ってこそ囲碁というプライドは人生観において譲れないというブログコメントを多々目にします。所詮相手は機械に過ぎない(機械ゆえの限界がある)ということでそこを乗り越えるのだろうと思います。

私はアマチュアですので囲碁に対するスタンスは、「必勝原理、法則」、すなわち「数理的合理性」という興味です。そこは若干違うことに気付きます。負けることでも何らかの新しい合理性を発見するとうれしいものです。(もちろん勝つことを目標に一局打っていますが。)

Alpha碁は相手に応じて次の手を選択しますが、それは確率的に勝率が相対的に良い手であって必勝手ではありません。その思考パターンに見られるのは、難解な不安定性を避けることです。できるだけ分かりやすい道を選びます。それが終盤に強いゆえんなのでしょう。

そこでよくよく考えてみますと、囲碁というゲームにおいて数理的にはっきり正しいと言える法則があること、あり続けてきたことに気付きます。先に打つ黒が必ず勝つゲームであることと、白黒双方最善を尽くした結果の差の目数は近似的にはわかっていること(6目〜7目くらい)です。

すなわち、一手づつのやり取りにおいては、勝つ手を打つのが囲碁ではなくて、等価値を分け合って盤上6目から7目黒が多い結果への道を双方選択しているのが囲碁であるということです。

この考え方は歴史上の棋聖と言われた名人たちが残しています。呉清源先生は「碁は調和である。」とおっしゃいました。高川秀格先生もそれに近い考え方でした。あるいは武宮先生は「広いところから打つのが囲碁です。」とおっしゃいます。勝つことへの血みどろの修行を乗り越えた境地に囲碁の本質が見えるのだと思います。

すなわち着手のバランスです。どちらか一方にのみ有利な着手という法則はなくて、双方が等分に終わる着手こそが数理的に最も正しい手だということです。Alpha碁の打ちっぷりはこの基本的な法則に立ちもだらせてくれました。

すなわち黒番であれば6目勝ちか7目勝ち、白番であれば6目負けか7負けとなる道を考えるのが数理的に正しいと思います。すなわち引き分けを目指すゲームだということです(引き分けにならないために半目をつけたのです)。ただし、コミが6目か7目かはまだ証明できていません。

云々

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Alpha碁の勝利に関する雑感追記

(1)囲碁内容に関しては、プロ棋士の先生方が様々な戦略を考えてらっしゃるので、アマチュアとしてはほとんど妄想ですが、マネ碁の研究にはもって来い(恋?)の相手です。黒番コミ無しで持碁を目指すので互先では使えませんが、定先ならば初手天元のマネ碁をやってみたいです。白番ですと、いつマネ碁はずしを打って来るかという碁になりますが、あまり客受けしないかもしれませんね。その他、左右マネ碁とか、風車系マネ碁とか、色々とマネ碁の研究をするにはもってこいの機械です。

(2)コウ絡みの複雑形にするには、大きな捨て石を序盤で作っておくことが考えられますが、どうもAlpha碁はそういう形になる前に厚く手入れする棋風のようです。それでも、捨て石を使う碁形はやってみたい相手です。

(3)形を如何に決めない碁形にするか? すなわち手抜き碁形も使ってみたい(使わせてみたい)相手です。こちらから手抜きを仕掛けるのはマネ碁と関係します。




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Alpha碁の勝利に関する雑感

世界トップレベルと評されるイ・セドル九段がコンピュータソフトAlpha碁に2連敗しました。昨日は呆然としていましたが、今日は中休み。3・11東日本大震災物故者慰霊の日ということもあって、色々と考えを整理することができました。あと3局残っておりますので、「人間側が人工知能に追い抜かれた」と結論づけるには早計かもしれませんが、Google側の自信からすると、1勝することすら大変なような気がしております。

少なくとも残るあと3日間は、ディープラーニングプログラムの盲点探し、弱点探しという展開になったことは確かです。「序盤から難解な戦いを仕掛けるべきだ。(序盤にもっと考慮時間を使う。)」、「コウがらみの展開を仕掛けてみるべきだ。」、「李九段が気落ちしないように励まそう。」など、プロ棋士の方々のコメントが目に留まりました。

さて私はアマチュア碁打ちですので棋譜内容についてのコメントはさておき、工学者の立場から今後の近未来予測と個人的願望を以下にまとめてみました。ちょっと気が早いかもしれませんので、あくまで雑感ですが。

(1)これは単に囲碁界だけの衝撃的出来事ではありません。人間の思考をコンピュータソフトが凌駕する現象はあらゆる分野に波及します。金融分析、企業経営分析、臨床医学診断、競技審判、自動車運転などはすでにIT化がある程度進んでいます。さらに人工知能研究開発者たちの論評では、司法判決、芸術創作、文章執筆なども人工知能が行うことができる時代になるそうです。そうなりますと、「人間らしさって何だろう?」という哲学的問いを考えてしまいます。「好き嫌いがあることと間違えること。」ということかな?

(2)文明の利器に対する人間のスタンスとしては、賛否両論が出てくることでしょう。「コンピュータのスイッチをON‐OFFしているのは人間だ。」ということです。しかし、誰かがOFFにしようとしても誰かがONにしていますので、推進する立場の人間にイニシャチブがあると言えます。最後は国際機関(今のところ国連)による政治的判断で規制と監視をしようというOFF側の動きも出てくることもあるでしょうが、国連が全てのコンピュータを監視するのは不可能だという現実もあります。となると、どう共存するかという中庸論が出てくるでしょうし(私はこの共存論者です)、コンピュータ同士の優劣競争が激しくなることも起こり得ます。「倫理は文明をコントロールできるか?」という問いが宗教側から出てくることも起こり得ます。「人間は考える葦である。」というパスカルの言葉の重みを痛感しております。

(3)中庸共存論に立つならば、囲碁界に関しては以下のことが私の個人的願望です。

@コミを確定するのに活用して欲しい。コンピュータ同士をコミ5目半、6目半、7目半で対戦させて勝率を算定してみる。19路盤だけではなくて、13路盤、9路盤でも算定してみる。

A置き石の価値を目数で算定してみる。これも統計分析が可能です。

B布石の定型に関する勝率を算定してみる。中国流とかミニ中国流、三連星とか、シマリ形とか、布石定型ごとにコンピュータ同士を対局させて、布石定型の評価分析が可能になります。

C対局後の検討の際に、別の手を打ったとして、その後コンピュータが打つ変化図を添える。

Dアマチュア指導のためにコンピュータが人間に置かせて対局をする。(プロでも先か二子くらいになるやも…)

以上、すなわちAlpha碁は人間のトップ棋士に勝ったけれども、囲碁の必勝法を解いたわけではありません。ディープラーニングにより人間の脳機能を不完全ながら模擬できたけれども、それは大容量によって確率的により優れた手を打っているに過ぎないということです。たとえば第一手を天元に打つと必ず黒が6目勝つとか、星とか小目とかだと結果はこうなるとか、そういう数理的解明をしているわけではありませんので、統計的確率的に勝率を計算するのに活用して、より良い手法をさらに進化させる手段とすると、人間の対局と共存していけると思います。いずれの日になるかはわかりませんが、囲碁必勝理論を解明したいという人類の夢は尽きません。

云々

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